「握り」について考える

2006.04.18
先日、ゴルフ友達とプレーした時に握ったのだが、後味の悪い思いをした。原因は私にあり、短いパッティングを外した時、カッときてOKが出ないのに球を拾い上げてしまったからである。プレー終了後、友達は「今日は不愉快だ」と心情を吐露した。
私は、反省と共に、こんなことなら握らなかったらよかった、と悔やんだ。非は私にあるのだが、私も数日間は気まずい思いが残り、楽しくなかった。

これとは反対に、別の友人との握りで嫌な思いをしたことがある。何年も前のことだが、親友とプレーし握った時のことだった。いつも僅差で私が勝っていたが、そのときは中盤まで負けていた。ところが、終盤に私はパーを続け、相手はボギーが続いたので、逆転勝ちを収めてしまった。親友は余程悔しかったのだろう、支払いの紙幣を投げつけた。私は無言で耐えたが、心が傷つき、こんなことなら握るべきでなかったと後悔した。それ以降、殆ど私から握りの申し込みをしないようになった。

「握り」とは賭け事をすることである。ゴルフを始めた30年前は、チョコレートを刺激のために賭けたものだった。チョコレートを幾つも受け取っても食べられないので、チョコレートがコインに変わり、バブル経済と伴に紙幣に代わったのである。
握りの語源を知らないが、私は多分こうだろうと推測している。
この条件で賭けようと提示して、相手は応じる。確認の意味で手を握る、民法で言う「契約の締結」を意味するのだと理解している。
刺激を受け、途中で投げやりにならないために、「握る」のは意義がある。しかし、これが原因で不愉快な思いをすることが起こりうるので、両刃の剣といえる。

長いゴルフ歴の中から『握りの注意点』を考えてみよう。
@ 握りは勝っても負けても、後に残らない程度の賭けに留めるべきだ。九州にいた時、社内コンペで部下から挑戦を受けると、断りきれずに総握りしたが、自分が乱れてしまうと大金を払う結果を招く。負けると悔しいし、勝てば勝ったで、気を遣う大きな握りは止した方がよい。念のために言えば、75,000円以上の賞金や賞品を受けるとコンペであってもアマチュア資格を失います。 
A 裁量の余地がないように、ゴルフルールに徹するのがよい。即ち、6インチリプレースやOKパットなしがよい。
B 長期的にトントンになるように、結果をみて握りの条件を変更するのがよい。
C 勝った収入はポケットに入れず、当日の飲み食いの代金に提供するやり方がよい。
D タテよりヨコが好ましい。プロの競技がグロススコア万能主義になったのにならい、握りもグロスによるタテ握りになったが、ホールマッチ即ちヨコ握りの方が最後まで投げやりにならず面白い。

いろんな握り方が考案されているが、4人参加の場合は、ラスベガスが最も面白い。
注意すべきはレートを小さくすることである。4人の技術に差がある時は、パッティングのみを競うオリンピックだろう。これなら上位者が勝つとは限らない。上位者はピンの近くに寄っているので、低得点しかあげられないことが多いからだ。

何はともあれ、楽しくゴルフプレーすることが目的なので、不愉快な結果をもたらすことだけは避けなければならない。


− 私の名前は渡若造 44話 −

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