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第40巻 華麗なるギャッツビー F・スコット・フィッツジェラルド著 大貫三郎訳 角川文庫刊 あるいは グレート・ギャッツビー F・スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹訳 中央公論新社刊

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「ゴルフの本棚」の原稿をすっかりさぼっていました。すみません。加賀屋ゴルフのHPは、更新日が出てしまうので、「下段(ゴルフライフ)」でも、ひとりだけ先月から更新をさぼっているのが見え見えです。

「何をしていたのか?」と言われれば、「さぼっていました。」ということなのですが、さぼって何をしていたか?と言いますと、映画を観ておりました。映画館に行くとポイントが溜まるカードがあって、そのポイントが溜まり、なんと、全国のTOHOシネマズがフリーパス。つまり無料。という夢の様な特典「1カ月間TOHOシネマズフリーパス」なるものを手に入れて、ますますさぼって映画を観る。という日々を過ごしまして。(笑)

第40巻 華麗なるギャッツビー

それで観ましたのがレオナルド・ディカプリオ主演「華麗なるギャッツビー」。以前に、ロバート・レッドフォード主演で映画化された作品のリメイクです。原作は、アメリカ近代文学の金字塔とも言われる偉大な名作。1920年代のニューヨークを舞台に繰り広げられる絢爛豪華なパーティの日々とその中で切々と紡がれる純愛を描いています。

なにしろ、村上春樹が新刊を出す。という情報があれば、数ヶ月前から「スイングを巡る冒険」シリーズを書いて、新刊発行のタイミングに「羊を巡る冒険」の中の「ゴルフバッグ」の記述ひとつでゴルフ本としてとりあげる。という「加賀屋ゴルフの社会の窓」と言われる「ゴルフの本棚」ですから、今回もこの「華麗なるギャッツビー」映画公開の6月14日にあわせて原稿のアップを待った。だから、更新が1カ月以上遅れてしまったというわけです。(ごめんなさい。明らかな嘘です。)

昔、ロバート・レッドフォードの映画を観たけど忘れちゃった。と言う人のために、簡単にあらすじを説明しておきます。

大豪邸にニューヨークのセレブ達を集めて絢爛豪華なパーティをする謎の大富豪ギャッツビー。彼がパーティをする理由とは、既に別の大富豪と結婚した恋人と再会し、彼女の愛を取り戻すためだった。彼は隣に住む元恋人の親戚の男と、彼の知り合いの女子ゴルファー(!)に協力を依頼し、恋人と再会を果たすのだが、、、果たしてギャッツビーは、彼女の愛を取り戻すことができるのか?

第40巻 華麗なるギャッツビー

実は、このギャッツビーと元恋人デイジー、その夫トムの三角関係は、作者のフィッツジェラルドとその妻ゼルダ。そして、ゴルフの球聖ボビー・ジョーンズがモデルとされています。これは以前「本棚」(第10巻)でご紹介しました夏坂健さんの「痛ッ!ゴルフ虫に噛まれたゾ」の冒頭のエピソード「アトランタの華麗なる星たち」に書かれています。もちろん、実話そのままを小説にしたわけではなく、設定を入れ替えたりしています。たとえば語り手も、主役三人以外でギャッツビーの隣人で、デイジーの親戚のキャラウェイという男が書いている形にしたりして、フィッツジェラルドの人格を分けているようです。また、この物語の重要な登場人物のひとり「ジョーダン・ベイカー」は女子ゴルフのトーナメントで優勝するプレイヤーです。これもまた、ボビー・ジョーンズの人格を2つに分けて描いているのかもしれません。

しかしジョージア・アラバマ2州で一番の美人と言われ、「最初のフラッパー」とも言われたゼルダを、ボビー・ジョーンズから奪って結婚した。とフィッツジェラルドが死ぬ間際に話した。と夏坂氏は書かれています。

フィッツジェラルドは、1925年に「グレート・ギャッツビー」を発表して後、1930年代の大恐慌時代の中で、常に経済的に苦しい生活を強いられ、妻のゼルダも精神を病み、自らもアルコールに溺れ、1940年に僅か44歳で亡くなります。ボビー・ジョーンズは、1920年代に多くのトーナメントで活躍したのち、1930年にグランドスラムを達成し、直後に引退。1971年に満69歳で亡くなります。ゴルファーならば、このことを考えながら、「華麗なるギャッツビー」をご覧になると、興味深いモノがあるはずです。

1920年代は、第一次世界大戦が終わり、自動車産業の発展(モータリゼーション)や、戦争で疲弊した欧州の競争力低下で、アメリカが空前の好景気となり、それまでヨーロッパから見た時に、「食い詰めた奴が都落ちしていく未開の地」という位置づけから、一気に「世界の中心」に登りつめたころです。世相風俗もそれまでの、清く正しく美しくというピューリタニズムから、チャンスを掴んでのし上がり、楽しく騒ぐのが成功者。という価値観に変わっていきます。さらには、1920年に女性にも参政権が与えられ、それまでの「良妻賢母」で家庭の中にいるべきとされていた女性に対し、「フラッパー」と呼ばれるお洒落な女性たちが登場し、ノースリーブのドレスで、男性と同等に社会に出て行くきっかけとなった年代です。

女性のゴルフウェアも、それまで上下別の「2ピース」だったものが、この頃にニューヨークの「シャツメイカー」で「ワンピース」のゴルフウェアができて流行したそうです。こういたものの象徴として「女子ゴルファー=ジョーダン・ベイカー」が存在しているわけです。

そういえば、服装で言うと、「華麗なるギャッツビー」の中でも、「ピンクのスーツを着ている奴(ギャッツビーのこと)が、オックスフォード大学出身であるはずがない。」と元恋人の夫が言うシーンがあります。

今でも「名門」ゴルフ倶楽部では、赤いパンツやシャツでプレイすると「なんだ、あいつは?」と言われるそうです。私も今まで、「男が赤やピンクなんて、チャラチャラした格好できないよ。」と「男は黙って白と紺色」で通してきましたが、今年の夏は、ギャッツビーに敬意を表して、ピンクのパンツを履く事にしました。

早速、先日、ピンクのパンツでラウンドしておりましたが、ショットもパットも絶好調。ついに俺にも「好景気」到来か!と勇んでおりましたが、途中でキャディさんから「あいてますよ。」との指摘。はて、前の組とは詰まっているし、何が、、、あ!「社会の窓が」

とほほ。「加賀屋の社会の窓」って、そっちの意味じゃぁ無かったんですけど。