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第38巻 羊を巡る冒険(下) 村上春樹著 講談社文庫刊

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羊を巡る冒険(下)

30年ぶりに「羊を巡る冒険」を読んだことで、いつの間にか「スイングを巡る冒険」が始まってしまった僕(まこっちゃん)は、果たして「鼠」と「羊」を見つけることができるのか?

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第三章 さらばビーチサイドホテル

ビーチサイドホテル横の練習場で、100球無料サービスのボールを打っていると、ランニング男に話しかけられた。ランニング男は、僕(まこっちゃん)の前の打席で、着て来たと思われるワイシャツをハンガーに掛け、下着であるランニングシャツ一枚の上半身で、ボールを打っていた。
「どこから来たの?」ランニング男は、へんてこなスイングでドライバーを振り、200ヤード先のネットの中ほどにある鳥の絵にボールをぶつけると、振りかえって言った。
「え?」突然のことに、僕(まこっちゃん)が戸惑っていると、
「だから、どこから来たのよ?」と言うと、返事を待たずに再びへんてこなスイングでドライバーをスイングし、200ヤード先のネットの中ほどにある鳥の絵に再びボールをぶつけると、振り返った。
「どこから、来たかというより、どこに行くのか?の方が大事だな。」
「え?」
「だから、どこに行くのか?というのが大事なんだよ。」
「明日から石垣島に行くんですけど。」
ランニング男は、何も言わず、黙って背中を見せるとドライバーをアイアンに持ち替え、これまたへんてこなスイングでショットを放った。ボールは、これ以上高く上がらないと思うくらい高く上がった後、150ヤード先のグリーンに舞い降りた。ボールの軌跡を見ている僕(まこっちゃん)にランニング男が振り返って言った。
「じゃぁ、小浜島だな。」
「いえ、石垣島です。」
「おめぇは、何にも知らないんだな。どこから来たのか、どんなスイングなのかなんて、関係ないのさ。これからの人生がどこに行くのか。ボールがどこに行くのかの方が大事なんだよ。だから小浜島に行くのさ。」

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第四章 リゾナーレ小浜島カントリークラブの冒険

調べてみると小浜島は、石垣島から船で約30分。隣はヤマネコで有名な西表島。その先はもう台湾という島だった。この島にあるゴルフ場は、日本で最南端かつ最西端のゴルフ場らしい。

コースは、ジャングルとジャングルの間を切り開いた狭いコースだった。狭いフェアウェイに狭いラフ。その先は林ではなく、鬱蒼としたブッシュ。少しでも曲がったボールは遠慮なくブッシュに飛び込み、持っているボールはあっという間に無くなる。ブッシュには猛毒のハブが潜んでいるので、うかうかとボールを探すこともできない。手持ちのボールが心細くなったので、ブッシュをつついていたら、突然、がさがさと音がして何かが飛び出してきた。ハブかと思って、慌てて逃げたら、出てきたのは孔雀だった。ゴルフ場の中を孔雀が闊歩している。それも一羽や二羽でなく、集団であちこちのホールにいる。最初こそ「あ!孔雀だ。」と思ったが、あちこちにいるので、そのうち珍しくも無くなる。こうなると野良孔雀だ。蛇を食べるので放しているらしいが、蛇を食べるだけあって、その嘴も爪も鋭く、目が獰猛に光っている。近づくと「カ―ッ!」と声を出して威嚇してくる。

日本最西端日本最南端

7番のTEEが日本最西端。その向こうには西表島が黒々と見える。12番Par3のTEEが日本最南端。それぞれ、石碑が立っている。写真を撮っていたら、次の13番450yPar4は右が池で左がOB。ティーショットが左のブッシュに。グリーンを狙った第4打もグリーン左奥のブッシュに。ついにボールが残りひとつになってしまった。

ハブも孔雀も怖いが、ロストボールはもっと怖い。スイングを巡る冒険をしている筈が、いつの間にかボールを探す冒険に変わってしまった。

とにかくボールは見えているところに打つ。ブラインドホールは、曲がり角までしか打たない。グリーンは手前から。池絡みの17番を切り抜け、Par5の最終ホールのパットを沈め、無事にホールアウトして、帰りのバスが来るまでの間、冷たいオリオンビールを飲んだ。

誰も座っていないはずの隣の席に、「スイング」が座っていた。
「君はもう死んでいるんだろう?」
スイングが答えるまでにおそろしいほど長い時間がかかった。ほんの何秒であったのかもしれないが、それは僕(まこっちゃん)にとっておそろしく長い沈黙だった。口の中がからからに乾いた。
「そうだよ。」スイングは静かに言った。「俺は死んだよ」

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エピローグ

翌日の昼食は飛行機の中で食べた。飛行機は那覇に立ち寄り、それからもう一度飛び立った。右手にずっと海が光っていた。

機内で「羊を巡る冒険」(下)を読んでいた。

それは唐突に目に飛び込んできた。152ページの真ん中あたり。
「納戸には、余分な家具やカーペットや食器、ゴルフ・セット、置きもの。ギター、マットレス、オーバーコート、登山靴、古雑誌といったものが所狭しと積みあげられていた。」

ゴルフ・セット。主人公の僕が一人で取り残される北の地の果てにある牧場兼別荘の納屋の表現だが、他のすべては、そこにあってもおかしくはないが、なぜ、北の地の果ての牧場兼別荘にゴルフ・セットがあるのか?いったい、誰のゴルフ・セットなのか?
「お飲物はいかがですか?」考え事をしている僕(まこっちゃん)にCAのお姉さんが言った。そういえば、彼女は綺麗な耳をしている。
「ビールをください。」
「最北端はノースバレーカントリークラブ。最東端は根室ゴルフクラブです。」
「え?」戸惑う僕(まこっちゃん)に冷えた缶ビールを渡しながら、彼女が言った。
「最南端と最西端に行って、最北端と最東端に行かないなんて、世界のバランスが狂ってしまうわ。だから、あなたはそこへ行かなくてはいけないのよ。」

呆然としている僕(まこっちゃん)に綺麗な耳をしたCAが言った。
「そしてまた、スイングを巡る冒険がはじまるのよ。」