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第4話

昭和のバブルの時代。何処の会社も商店も忙しく、家族旅行など行けず
また、両親の親が同居している珍しい大家族でもあり、年末年始やお盆の帰省
とも無縁で、小さい頃は いなか の意味が解りませんでした。

双子の弟と共に少年野球チームに所属し、それなりに土日は忙しくしていましたが
夏休みに入ると、友達は いなか へ帰省し兄弟2人で遊ぶことが多かったです。
なんせ、花屋は363日(正月2日のみ休み)営業で、葬儀の仕事などが入ると
休みなど関係なく両親は働いていました。

8月のお盆明けに父親が、栃木県にあるジュンクラシックに弟と私を旅行に
連れて行ってくれました。首都高も外環もナビもない中で、浦和ICから東北道・
矢板ICを目指し、トヨタのクラウンは軽快に走り、時速100キロを超えると
スピード警告のベルが鳴り、子供2人で妙に興奮していました。
矢板ICまでノーストップ!!もちろんベルの音も鳴りやまず・・・・
子供たちは、「すげ〜すげ〜」を連発し、府中の自宅を出てから4時間後の
午後5時過ぎにジュンクラシックに到着しました。

お洒落だな〜!!子供ながらに感じた感想です。初めて訪れるゴルフ場に魅せられて
興奮が高まるばかり、ゴルフがしたい!!コースに出たい!!

ここジュンクラシックには、本コースの他に、ショートコースが9ホール併設され
ている。本コース同様のメンテナンスで、利用客に大変人気がある。
今現在は、12ホールありますが、当時は9ホールのPAR27でした。
オッチャンの舞台はこの9ホール!!国分寺のショートコースと違い、長い所では140ヤードくらいあり(記憶が定かではないが・・・)難易度はかなり高い。

「明日の早朝にコースへ出よう」と言われ、とりあえず練習場で暗くなるまで球を打ち続けた。そして名物の19番の穴・田舎家にて夕食を食べ、布団に入る。
宿の場所は定かではないが・・・(サラゼンハウスの前を通った記憶しかない)

布団に入ると、父親からジーン・サラゼンの事やゴルフトーナメントの事、コースの事など、ゴルフの奥の深さ、歴史の深さなどなど、いろんな話をしてもらい眠りにつく。


そしていよいよその日がやってきた。
朝5時に起床し、1番ティーへと立つ
緊張するが、父親は簡単にティーショットをする。続いてオッチャンも・・・・
ま〜見事なまでの空振り!!2打目はトップ・・・5オン3パットの8である。
(7かもしれないが・・・・大きな問題はない)

池越えのホールで3Wを使おうとすると、父親は「そんなクラブじゃ大きいよ」といい
無理矢理6Iを持たされ、ナイスな当たりだったが・・・・池の中へ沈んだ。
もたもたラウンドしているうちに、後続の組に追いつかれてしまい、9番ホールまでに
2組をパスさせる。やはり小さい子供を連れている為か?後続の姿が見えると、父親は
直ぐに手を挙げて「ど〜ぞ〜」と大声を出し、グリーン脇へと子供2人を誘導し先に打たせる意味を説いた。

スコアはまったく記憶がない。この辺は大人になった今も同じで、悪いスコアは
自然と頭の片隅から追いやられていく。時代が変わってもオッチャンの記憶と性格は
子供の頃から変ってない。